大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成2年(オ)1589号 判決 1991年2月05日

上告人(被告)

安田火災海上保険株式会社

被上告人(原告)

上坂博文

ほか一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人安藤猪平次、同内橋一郎の上告理由第一点について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、亡上坂佳子が自動車損害賠償保障法三条にいう他人に当たるとした原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の認定に沿わない事実に基づいて原判決の違法をいうか、又は独自の見解に基づいて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂上壽夫 貞家克己 園部逸夫 佐藤庄市郎 可部恒雄)

上告代理人安藤猪平次、同内橋一郎の上告理由

原判決には、次の通り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

第一点 自賠法三条適用の誤り

一 被上告人の運行供用者性

(一) 自賠法三条の運行供用者責任の判断基準が、「運行利益」と「運行支配」に求められていることは周知の通りであり、その運行支配を「自動車の運行について指示・制御をなし得べき地位」として把握するのが最高裁判所の確立した判例である(裁判昭四五・七・一六判時・六〇〇・八九、最判昭四七・一〇・五交民集二六・八・一三六七、最判昭五〇・一一・二八交民集二九・一〇・一八一八等)。

(二) ところで、原審にて確定した事実関係および原判決決挙示の証拠により認められる事実関係の概要は次の通りである。

(1) 本件事故車の所有者は、被上告人の父親訴外上坂博文であつたこと。

(2) 本件事故車は、被上告人が運転の練習を始めてから購入されたものであり、被上告人の家庭では二台目のフアミリーカーであつたこと。なお、同居の親族は被上告人と両親の三名であり、運転免許を有するのは父親だけで、被上告人は仮免許中であつた。

(3) 事故当時、被上告人の友人訴外塚本明美が本件事故車を運転し、被上告人が助手席に同乗してドライブの目的で本件事故車を運行していたこと。

(4) 被上告人は、本件事故の一週間位前に、塚本に対し本件事故車(新車)を購入してもらつたので、その自動車でドライブに行こうと誘い、塚本に運転を依頼したこと。

(5) 被上告人らが右ドライブに行く直前に、被上告人がその母親である訴外上坂鉄子から右事故車のキーを受け取つたこと。

(6) ドライブの目的地は被上告人が決定し、目的地に向かう道筋も被上告人が具体的に指示していたこと。

(7) 本件事故は、被上告人の塚本に対する右折の指示が不適切であつたことも一因となつて発生して、被上告人が負傷したこと。

(8) 塚本らは被上告人宅からドライブに出発し、ドライブ終了後、被上告人宅に宿泊する予定であつたこと。

(三) 右事実関係の下において、原判決は、次の通り、被上告人は運行供用者に該当しないと判示した。

「前認定の事実関係のもとにおいては、被控訴人が免許を取得してからならともかく、事故当時、被控訴人は仮免許を取得していたにすぎず、塚本も被控訴人の運転を指導する資格がなかつたのであるから、事故車の運転を委ねられて、その借主となつた者は塚本であつたというべきであり、ひいては、事故車の運行を支配・制御してその危険を回避すべき責任を負うべき者も塚本であつたと評価すべきである。」

(四) しかしながら、原判決が指摘する判決理由には次の諸点に問題がある。

(1) まず第一に、原判決は、被上告人が免許証を取得していないこと、塚本に被上告人の運転を指導する資格がないことを理由として、被上告人の父親から本件事故車を借り受けたのは塚本であると評価する。しかし、運転指導の資格等の事実は、借主が誰であるかを判断するうえで特段の意義を有するものではない。

前記(二)に記載した事実関係を素直に評価するならば、本件事故車は、被上告人と塚本との共同のドライブのために提供された被上告人の家族のフアミリーカーであつて、塚本が運転することを条件として、被上告人らにその使用が許されたものと認めるのが相当である。

それ以上に、誰が借主であるか、無理な解釈論を展開する必要はないが、あえて、借主を特定するならば、それはキーを保管していた母親鉄子からキーを受け取つた被上告人の単独借用であり、少なくとも、ドライブの目的に事故車を利用した両名の共同借用であると解すべきであろう。事故車の運転が塚本に委ねられていたことから、ただちに借主は塚本であり、被上告人には使用権限がなく、被上告人は単なる便乗者に過ぎないと速断することは許されない。

(2) 第二に、原判決は、事故車の運行を支配・制御し、その危険を回避すべき責任を負うべき者は塚本であつて被上告人ではないから、被上告人は運行供用者でないと判示する。

確かに、塚本は運転者として具体的危険を回避すべき第一義的な責任を負うが、それは運転者として当然の義務であつて、そのことは、被上告人が運行供用者に該当しないと判断すべき根拠にはならない。

運行供用者であるか否かは、「自動車の運行について指示・制御をなし得べき地位」にあつたか否かによつて判定さるべきところ、被上告人は、本件ドライブの発案者であり自動車の提供者でもあつて、ドライブの行先の選択変更、その続行中止等を決定し、具体的進路の指示等をなし得べき立場にあつたのであるから、被上告人が「当該具体的運行に関し運行について指示・制御なし得べき地位」にあつたことは疑う余地のないことである。

そして、被上告人に運行利益が帰属していたことは論じるまでもないことであるから、被上告人が事故車の本件運行に関して、運行供用者に該当するものと解するのが相当である。

(3) 故に、被上告人が運行供用者に該当しないと判示した原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令適用上の違背があるものと言わなければならない。

二 共同運行供用者間の他人性

(一) 共同運行供用者間で、受傷した共同運行供用者が、他方の共同運行供用者に対し、自賠法三条の「他人」であることを主張して損害賠償請求しうるのは、その具体的運行において、他方の共同運行供用者の運行支配が、自己のそれに比較し、より直接的・顕在的・具体的な場合に限られ、他方の共同運行者の運行支配が間接的・潜在的・抽象的な場合には、同法三条の「他人」であることを主張しえないと解されており、右解釈は確立された最高裁判所の判例である(最判昭五〇・一一・四民集二九・一〇・一五〇一、最判昭五二・五・二交民集一〇・三・六三九、最判昭五七・四・二判時一〇四二・九三等)

(二) ところで、原判決は、共同運行供用者間で自賠法三条の「他人」であると主張しうるか否かは、いずれの運行供用者性がより高いか、すなわち、運行供用者性の高低によつて決定するのが相当であると説示する。原判決は次の通り述べている。

「本件の運行の目的が被控訴人と塚本のドライブであつたことから、仮に被控訴人にある程度の共同運行供用者性が認め得るとしても、その程度が高いとは考えられず、被控訴人が博文に対し、自賠法三条の他人であることを主張して損害賠償を求めることは許されると解するのが相当である。」

しかし、原判決の示した右判断基準は独自の見解に基づくものであり、最高裁判所の判例で確立された前記判断基準に抵触し失当である。

(三) 訴外博文は、本件事故車の所有者であるから、原則として運行供用者に該当することに疑問の余地はなく、また、本件事故車でドライブをしていた被上告人も、本件具体的運行に関して運行供用者に該当することは前述の通りであり、前記事実関係の下においては、訴外博文の運行支配は明らかに間接的・潜在的・抽象的で、被上告人の運行支配がより直接的・顕在的・具体的であるから、被上告人は同訴外人に対し自賠法三条の「他人」であると主張することはできないと解するのが相当である。 従つて、運行供用者性の高低を判断基準にして、被上告人に他人性を認めた原判決には、判決に影響すること明らかな法令適用の違背がある。

第二点 減額事由適用の誤り

一 好意同乗

原判決は、本件に表れた諸事情を勘案しても、せいぜい慰謝料の算定についての好意同乗による減額が考えられるだけである旨判示する。

被上告人を単なる便乗者と解し、被上告人が本件事故車の運行につき、固有の運行利益も運行支配も有しないと評価するならば、原判決の判断も誤りではないが、前述の通り、被上告人には固有の運行利益・運行支配があり、かつ、被上告人の運行上の指示が不適切であつたこと(交差点内に侵入して急に右折を指示したこと)も本件事故の一因をなしている事実を考慮するならば、自らの過失と好意同乗を理由として、被上告人の全損害につき相応の減額がなされなければならない。

二 親族間の損害賠償義務

同居の親族間においては、当事者間の身分関係や加害行為の違法性の程度、損害の程度等を総合的に考慮して、請求しうべき損害の範囲を決定すべきであると解されているところ、博文の行為には特段の違法性がなく、かつ、被上告人には眼の既往症があつて現在の症状に既往症が寄与していること、そして、博文は被上告人の同居の父親であり、博文が被上告人を扶養していること等の事情を斟酌すると、被上告人が博文に請求しうるべき損害の範囲は積極的損害に限られ、慰謝料・逸失利益等の消極的損害は請求しえないものと解するのが相当である。

しかるに、原判決は、合理的理由も付せず、単に「第三者の加害行為を原因とする家族間の損害賠償義務の範囲が将来の逸失利益や慰謝料には及ばないとの解釈は当裁判所の採らないところである」と判示する。右は親族間の損害賠償に関する法令の適用を誤つたものと言うべきである。

三 まとめ

右減額事由に関する法令適用の問題は、被上告人が運行供用者に該当しないと判断される場合の予備的主張に関するものであるが、右も判決金額に影響を及ぼすので、判決に影響すること明らかな法令適用の誤りである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例